大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和52年(ワ)47号 判決 1980年3月27日

原告

濱村トキ子

ほか一名

被告

防長交通株式会社

主文

一  被告は、原告濱村トキ子に対し金一九〇万一、一〇〇円、原告濱村勇に対し金一万四、三〇〇円、及び、これらに対する昭和五二年五月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担、その余を原告濱村トキ子の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  原告は原告濱村トキ子に対し金六一二万八、〇九七円及び原告濱村勇に対し金一万四、三〇九円、並びに右各金員に対する昭和五二年五月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行の宣言を求める。

二  被告

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  本件事故の発生

原告濱村トキ子(以下原告トキ子という)は左記車内事故により負傷した。

(1) 日時 昭和四九年四月八日午前九時三分頃

(2) 場所 山口県吉敷郡小郡町小郡駅前ロータリー

(3) 加害者 被告バス運転者平田富雄

(4) 加害車両 被告保有大型乗合自動車(山二二う三四一号)(以下本件バスという)

(5) 被害者 バス乗客原告トキ子

(6) 態様 原告トキ子は小郡駅前バス停で降りるため本件バス後部三番目座席付近に、右手で網棚の取つ手をもち立ちあがつた。ところが前記場所において運転手平田富雄は本件バスを急停止させたので、原告トキ子は同車内で転倒し傷害をうけた。

(二)  責任原因

(1) 本件事故現場付近は、商店等の建物があり、見通しが十分でなく、しかも本件事故当時、車両などが輻輳し渋滞している状態であつた。そこへ右訴外人が本件バスを運転し、国道二号線方面から小郡駅バス停へ向け走行してきて、ロータリーを右折したがこのような場合バス運転者としては、あらかじめ自車を減速徐行させ、前車との車間距離を十分保持し、かつ前方を十分注視しながら走行させ、乗客に危害を与えない様な速度と方法で運転すべき安全運転義務がある。

ところが、訴外平山は前方不注意のまま漫然と同所へバスを走行させ、前車両衝突寸前であわてて急ブレーキを操作し本件事故を発生させたもので、訴外平田には徐行義務(道路交通法四二条一、二号)及び安全運転の義務(同法七〇条)に違反した過失がある。

(2) 被告は本件バスを保有し、従業員である訴外平田にこれを運転させ、自己のために運行の用に供していたもので、自動車損害賠償保障法第三条に基づき原告らの損害を賠償する責任を負う。

(三)  損害

(1) 原告トキ子の治療経過( )内の数字は実日数

<省略>

(2) 原告トキ子の損害 合計金七六四万八〇九七円

<1> 立替治療費 金一五万六、四〇八円

社会保険を使用し渕上整形外科入院中の自己負担分の金一五万三、九六三円及び昭和五一年七月二九日山口大学医学部付属病院で後遺障害検査等診療費二、四四五円を支出した。

<2> はり治療費 金九、三〇〇円

昭和五〇年七月二八日、同七月三一日、同八月二日同八月七日、同八月一二日、同八月二七日、それぞれ小郡町一灸針療院に通院した。

<3> 入院中の雑費 金一二万四、〇〇〇円

入院二四八日、一日の雑費五〇〇円

<4> 診断書等作成料 金一万四、〇〇〇円

内訳

宇部興産中央病院 (S50・9・23)三、〇〇〇円

右同 (S51・5・19)三、〇〇〇円

山口大学医学部附属病院(S51・5・18)二、〇〇〇円

渕上整形外科 (S51・6・28)六、〇〇〇円

<5> テレビ使用料 金一万九、八四八円

宇部興産中央病院入院中の貸テレビ及びテレビ使用料

<6> タクシー代 金一万〇、八七〇円

通院タクシー代(甲三二~三九号証参照)

<7> バス代等交通費 金四、七六〇円

内訳

(イ) 一灸針療院通院バス代 金一、〇〇〇円

区間赤坂~小郡、小郡~小郡中学校前往復二〇〇円、通院五回分。

(ロ) 昭和五〇年八月二〇日山口労災病院通院時のバス代(区間赤坂~小郡)往復一二〇円と汽車賃(区間小郡~小野田)往復三〇〇円の合計四二〇円。

(ハ) 防府中央病院通院の分 金二、三二〇円

但し、昭和五一年七月二九日防府中央病院より紹介で検査、赤坂バス停より小郡駅前まで片道八〇円、小郡より宇部まで片道四三〇円

<8> 付添料 金三万円

三隅外科医院入院中一〇日間原告トキ子は訴外中島恵美子に付添い看護をさせた。

一日の付添料三、〇〇〇円

<9> 医師等への謝礼 金一二万六、六〇〇円

内訳

<省略>

<10> 見舞返しの損害 金一二万二、七〇〇円

内訳

イ 昭和四九年一〇月二七日 金一〇四、七〇〇円(甲四二号証)

ロ 昭和五一年三月一〇日 金一八、〇〇〇円(甲四三号証)

<11> 休業損害 金二〇二万二、〇〇〇円

昭和四九年四月九日から昭和五一年二月一一日まで六七四日間休業したので、一日の賃金は賃金センサス昭和四九年第一巻第一表による女子労働者の平均賃金三、〇〇〇円(百以下切捨て)の割合で請求する。

<12> 将来得べかりし利益の喪失 金五四万六、三六一円

後遺症は一二級一二号で確定した。同障害により一四パーセントの労働能力低下が最低四年間継続する。右四年の複式ホフマン式計算係数は、三、五六四である。従つて得べかりし利益の喪失額の計算は次のとおり。

三、〇〇〇(円)×三六五(日)×三・五六四×〇・一四=五四六、三六一(円)(一円以下切捨て)

<13> 慰藉料 金四四六万一、二五〇円

内訳

イ  入院に対して 金一八六万円

二四八日入院一日七、五〇〇円の割合

ロ  通院に対して金一六〇万一、二五〇円

通院期間四二七日中実治療日数一七一日

従つて右全通院期間に対して一日三、七五〇円の割合

ハ  後遺障害に対して金一〇〇万円

一二級の後遺障害のため現在も針療院に通い治療を続けているが、その痛みは持続しており大の精神的苦痛を受けている。そのため夫婦生活もほとんど行えなくなつた。

(3) 損害の填補

以上、原告トキ子の損害合計は金七、六四八、〇九七円となるところ、右金員から次の受領金を控除する。

(イ) 自賠責保険(後遺障害補償金)より金一〇四万円

(ロ) 被告会社より金四八万円

従つて原告トキ子の請求する損害額は金六一二万八、〇九七円である。

(4) 原告濱村勇の損害 金一万四、三〇九円

原告勇は原告トキ子の着替え及び洗濯物の運搬などのため次のとおり合計一万四、三〇九円の交通費を費した。

<1> 宇部中央病院関係 金六、七五〇円

昭和四九年六月六日から同年九月二九日まで二七往復自己乗用車で通つたが、一往復のガソリン代は金二五〇円である。

<2> 渕上整形外科関係 金二、九六〇円

昭和五〇年十一月十六日及び十二月十一日原告が単身赴任中の岩国から病院へ通つたが、

交通費は片道で

岩国~小郡 四九〇円(汽車)

小郡~山口 一〇〇円(汽車)帰りはバス二四〇円

山口~病院 八〇円(バス)

二往復分として二、九六〇円

<3> 山口労災病院関係 金四、五九九円

昭和五一年一月九日から同二月十一日まで七往復自己自動車で通つたが、一往復のガソリン代は六五七円。

以上、原告濱村勇の請求する損害額は金一万四、三〇九円である。

(四) 結論

従つて、原告らは請求の趣旨記載のとおり裁判を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

(一)  請求原因第一項のうち、原告ら主張の日時、場所において訴外平田富雄の運転する被告保有の本件バスが先行車両の停止に従つて停車したことは認めるが、その余の事実は争う。

同第二項の事実は争う。

同第三項のうち、

(1)の医療を受けたことは認めるが、入院通院の詳細及び医療が適切であつたことは争う。

(2)、(4)の各事実は争う。

(3)の事実は認める。

(二)  本件事故の状況

平田富雄の運転する本件バスは、午前八時五分頃、藤ケ瀬を出発し、午前九時頃、終点小郡駅前交差点において、一旦停止した後、先行車両に追随し、同駅前ロータリーを時速一〇キロ強の徐行にて、左廻りで駅に向け走行中、先行車両が停車したのでブレーキを踏み停車した。

当時、バスは満員で、乗客中、一六、七名は立つていた。原告トキ子は赤坂停留所から乗車したが、満員のため、立つていた。しかし乗車の時から、右側の荷棚の金棒を右手でしつかり握つていたというのである。

駅前のロータリーを回りつつ、目前に駅前停留所があり、しかも、その直前の交差点において、一旦停車してから、ロータリーを回るのであるから、徐行せざるを得ない。国鉄新幹線および山陽線の停車駅である小郡駅の午前九時といえば、車両は輻輳している。その駅前のロータリーを回るのであるから徐行せざるを得ない。平田がブレーキを踏んで停車し、すぐ駅の停留所に向い、乗客全員が降車したが、全員が無事であつた。原告トキ子も、何等の申告もせず降車した。

(三)  原告トキ子の傷害の部位、程度

原告トキ子は、バスを降りて、数時間後に、被害の申告をしてきたが、同人の傷害の部位、程度については、疑問の点が多い。

トキ子の供述によると、脇腹と腕と頬を打つた。左手が、紫色に腫れていたというのである。バスに同乗したトキ子の義母田中富子の五三、九、二八日の供述によると、トキ子が、頬が骨折していたということが、後で判つたと言つていたというのである。

ところが、トキ子を最初に診察した医師三隅弘一の供述によると、トキ子には、左の眼の下が腫れて軽い擦過傷が所見されたほか、外観上に異状の点はなかつたというのである。そして右擦過傷は二、三日で治癒する程度だというのである。トキ子には、内出血もない。神経学的病的反射および脳内出血も認められず、昭和四九年四月一〇日になつて左胸部が痛いというので、レントゲン検査をするなどして調べたが、異常はなかつた。入院の最後のカルテによると、頂部、頭重感ともに軽快とあり、私は治癒と認めたので、甲第一号証の診断書に治癒と書いたが、トキ子の頼みで、事務員が転医と訂正したというのである。

右のように、トキ子、田中富子、三隅弘一の供述には、一致しない点が多い。トキ子は、左手が紫色に腫れていたというのである。女性であるから鏡を見たにちがいないと思われるが、左頬の擦過傷には何等触れていない。医師は、左手の腫脹には触れていない。田中富子のいう頬の骨折のごときは、全く架空のものである。そして医師の診断書には、頭部、顔面、左肩胛部、胸腹部挫傷という、仰仰しい病名が冠されている。挫傷についての医師の説明は、全くしろうとだましであり、医学的ではない。

トキ子が五三、六、一五日の供述のように、医師には、初診の時左手がしびれ上らない、左手の手首の甲から指先にかけて紫色に腫れているといつたとすれば、医師のカルテにも記載されているべきである。このような事実はなかつたと認めなければならない。

被告会社小郡営業所長が、トキ子に、事故当日から入院中度々見舞に行つているが、外傷は見ていないし、トキ子から、このとおり怪我をしていると見せられたことはないし、運転者の平田も、同じように外傷について、トキ子から見せられたこともないし、現認していない。甲から指先が腫れているなら、見せる筈である。

事故の状況は、前述したとおりであり、四〇名以上の乗客のうち、トキ子だけが受傷したというのであり、しかも治療の方法にも疑問がある。

そして、トキ子は、昭和四九年二月二〇日から小郡町のマルシン小郡店に、アルバイトとして、勤務し、バスで通勤しているというが、別に定期券を買つていない。普通の者なら、定期券を買う筈である。

これらのことから、果して、トキ子が本件バスに乗つていたかどうかも疑わしい。義母がバスに乗つていたので、これを利用したのではないかとも疑われる。

(四)  医療について、

医師は、患者の主訴のみによつて、適当な病名をつけて、過剰な治療をする。特に交通事故においては、国民、社会保険によらずして、治療費が支払われる。甲号証の診断書と診療の内容を検討すれば、良心的な診断をし、治療をしたということは認め得ない。

トキ子の五三、六、一五日の供述によると、被告側から特定の病院にて治療をうけてくれと言われたが、拒絶したというのである。被告側において、トキ子の傷害の部位程度につき、深い疑問を抱いていたからこそ、正しい診断のためにすすめたのであり、真に傷害を受けているならば、必ずこれに応じて然るべきものである。

(五)  過失相殺の主張

トキ子が、真実、バスに乗車し、受傷したとしても、トキ子には重大な過失がある。

(イ) バスに乗車した者は、座席に腰掛けるか、立つている時は、握り棒につかまつて、万一の場合、怪我のないようにすることは常識である。トキ子は、座席が汚れているというので、座らず立つていたというが、握り棒は、ゆるやかでなく、ぐつと握つていたと供述している。本件バスの速度から推して、しつかり握り棒をつかまえていたとすれば、何の事故も起ることはない筈である。トキ子を除いて、座席の者、立つていた者の全てが、何の事故も起こらなかつた点からして、トキ子の乗車自体疑問である。乗車していたとすれば、果して握り棒をしつかりつかまえていたか疑問である。トキ子に過失がある。

(ロ) 医療について、故らに誇大な主訴をし、医師をして、過つた治療をなさしめている。このことは、被告会社において、特定の医師の診察を受けてくれと頼んだにかかわらず、これに応せず、又三隅医師が治癒と判断すると、転医し、転医を繰返している。

この過大な治療についての責任はトキ子にある。

(六)  損害の填補について

被告は原告トキ子のために次のとおり合計金一一二万一六七一円を支払つた。

治療費として

三隅外科医院 金四六二、五八〇円

宇部興産中央病院 金三〇九、六五六円

山口労災病院 金二三〇、三九五円

山口大学医学部附属病院 金二〇、六九〇円

小川整形外科医院 金六、六〇〇円

一灸針療院 金二六、五〇〇円

通院費として

エフタクシー 金五七〇円

丸王タクシー 金一、七五〇円

原告トキ子に直接 金六二、九三〇円

三  被告の主張に対する原告の反論

(一)  過失相殺について

否認する。

原告トキ子は、汚れた座席以外座るべきところがなかつたので、片手で握り棒をつかまえ、自然の状態で立つていたのだから、乗車態度としてなんら責められるべき事由はない。

本件事故の責任は挙げて突然の急停車運転に存する。

更に、過大な治療であると言うが、その必要性は各証言、甲号証で明らかなとおりであり、精神的に原告を虐待した被告の責任は重い。

(二)  損害の填補について

否認する。

被告の主張する治療費等につき、原告は本訴で請求していないので、損益相殺の対象にはならない。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

昭和四九年四月八日午前九時三分頃山口県吉敷郡小郡町小郡駅前ロータリーにおいて、訴外平田富雄の運転する被告保有の本件バスが先行車両の停止に従つて停車したことは、当事者間に争いがない。

被告は本件事故の発生を争うので検討すると、成立に争いのない甲第二号証、第五四ないし第五六号証、乙第一号証、証人三隅弘一の証言と同証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、証人田中富子、同平田富雄の各証言、原告濱村トキ子本人尋問の結果を総合すれば

(1)  本件事故現場は、国鉄山陽本線小郡駅北口に接した東西約一〇〇メートル、南北約四〇メートルの駅前広場内のほぼ中央に縁石により島状に区画された地帯であるロータリーの東側車道上であり、現場の交通規制は右ロータリーを中心に終日右廻りの一方通行規制がなされていたこと、

(2)  被告会社の運転手平田富雄は満員に近い乗客を乗せて本件バスを運転し、北側から駅前広場に入つたが、当時は朝のラツシユ時で交通は混雑し車両は輻輳していたので右平田は、先行する普通乗用車に追従しながらこれと三ないし四メートルの間隔をおいて時速一五キロメートル前後でロータリーに沿つて右廻りに進行し小郡駅北口に向つていたが、前記ロータリー東側の地点において右先行車が急停車をしたため訴外平田は追突を避けるためブレーキを踏んで本件バスを急停車させたこと、

(3)  原告トキ子は出勤のため本件バスに乗車し、その後部から三番目の座席附近の通路に立ち、左手にハンドバツクと傘を持ち右手で荷物棚の鉄パイプを握つて体を支えていたが、右急停車の衝撃により右斜前方に倒れ、その際前部座席の背ずり上部で左顔面等を打ち、「頭部、顔面、左肩胛部、胸腹部挫傷」の傷害を負つたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

二  責任原因

多数の乗客を乗せたバスを運行する自動車運転手は、急停車により通路等に立つている乗客が転倒し負傷することは予想しうることであるから、先行車両の動静に十分留意し車間距離を適当にとり急停車をしないように安全に運転する業務上の注意義務がある(なお、道路交通法二四条参照)ところ、前記認定事実によれば、運転手平田はこれを怠り漫然と駅前広場で満員に近い乗客が乗つた本件バスを急停車させ原告トキ子を負傷させたものであつて、被告会社保有の本件バスを運行していた訴外平田にバス運転手として過失の存することは明らかで、従つて被告はその使用者として民法七一五条により、また運行供用者として自賠法三条により原告らの損害を賠償する責任がある。

三  過失相殺

乗合バスの乗客は、立つている場合には急停車等の衝撃による危害を避けるため座席の背ずりにとりつけられた握り金具などの車内の安全設備を利用しかつ安定した姿勢を保持して自らその危害を防止する義務があると解されるところ、前掲証拠によれば通路に立つている原告トキ子の右側の座席は汚れていたとはいえ一人分の席が空いており、また座席の背ずり上部の通路寄りには半円型の握り金具がとりつけてあつて原告トキ子は手近に右金具を利用できたにもかかわらず同原告は物を把持していなかつた右手で右金具を利用せず高い荷物棚の鉄パイプを握つて不安定な姿勢をとつていたこと、そのため本件バスの急停車による衝撃は左程大きいものではなかつたに拘らず、その衝撃のために鉄パイプを掴んだ手を軸に上体が半回転して斜前方によろけ、背ずり上部で頭部顔面等を打つて座席前に転倒したこと、原告トキ子の直後に立つていた妊婦は同じ急停車の衝撃で転倒せず、また原告トキ子の前方の通路に立つていた老人を含む多数の乗客も急停車による衝撃は受けたが負傷した者は全くなかつたことが認められるので、本件負傷事故の発生については訴外平田のみでなく、原告トキ子にも乗客としての前記注意義務をつくさなかつた過失があつたといわなければならず、双方の過失の割合は原告側三、被告側七と考えるのが相当である。

四  損害

(一)  原告トキ子の症状並びに治療経過

成立に争いのない甲第二、第七、第一〇号証、第一九ないし第二四号証、乙第一号証、第七号証の一ないし一七、証人三隅弘一の証言とこれにより真正に成立したものと認められる甲第一号証、原告濱村トキ子本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる甲第三ないし第六号証、第八、第九号証、第一一、第一二号証、第四五号証を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1)  原告トキ子は前記請求原因(三)(1)において主張のとおり(但し、<8>昭和50・1・12を昭50・1・17に、<10>昭50・7・8を昭50・7・4に各訂正)事故発生の昭和四九年四月八日三隅外科医院において診察を受け、爾来宇部興産(株)中央病院、山口大学医学部附属病院、山口労災病院、渕上整形外科において治療を受け、通院実日数一七一日、入院二四八日の経過を経て昭和五一年二月一一日右山口労災病院において後遺障害一二級一二号と確定され治癒と認定された。すなわち、

(2)  原告トキ子は昭和四九年四月八日本件バス車内で転倒後小郡駅前で下車し、そのまま出勤したが、間もなく更衣時左上肢にしびれを感じ、同日午前一〇時頃三隅外科医院(小郡町下郷)を訪れて顔面、頭部、胸部の打撲による診察を求めたが外観的には左眼下の頬に軽い擦過傷が認められ、レントゲン等の検査の結果各部に骨折はなく、また神経学的病的反射及び脳内出血等は認められなかつたが、頭重感、眩暈、悪心、嘔気を訴えたので、二日間通院ののち同年四月一一日から五月一八日まで三八日間入院し、その後五月三〇日まで通院治療(実日数一二日)し漸時諸症状は軽快するも転医した。

(3)  原告トキ子は昭和四九年五月二九日宇部興産株式会社中央病院(宇部市大字西岐波)の整形外科を訪れ、「胸郭出口症候群、外傷性頭頸部症候群」と診断され、六月一日以降入院して種々の神経ブロツクの治療を受け同年一〇月一日退院したが、上肢の疼痛、しびれ感は軽減するも全身倦怠感、頭痛は持続したので、翌二日から通院治療(治療実日数合計一〇四日)を受けたが、後頭部痛、頸部痛、目まい、全身倦怠感が残存し、昭和五〇年七月七日症状固定と認定されたが転医した。

なお、右期間中の昭和五〇年一月一七日原告トキ子は同病院の口腔外科で診察を受け、「顎関節症の疑い」との病名が付され、初診時症状所見として左右顎関節部並びに右側頬部不快感、左右顎関節部圧痛、開口度二横指半、下顎運動時顎関節部異常音、下顎運動異常、咀嚼異常が認められたので、同日より理学療法(低周波療法)並びに口腔内洗浄を開始し、以後同年七月七日まで続けたが症状は一進一退にて特に著明な改善は認められなかつた。

(4)  また原告トキ子は、右宇部興産(株)中央病院にて治療中の昭和四九年一〇月二日山口大学医学部附属病院(宇部市大字小串)を訪れ、顎関節症の病名にて昭和五〇年一月九日まで通院治療(治療実日数一二日)を受けた。

(5)  さらに、原告トキ子は、昭和五〇年七月四日山口労災病院(小野田市南中川町)で診察を受け、「外傷性頭頸部症候群」の病名で昭和五一年一月二九日まで通院治療(治療実日数六日)を受けたが、翌三〇日から一三日間にわたり入院検査を行つた結果は脳波に除波を混ずる軽度の脳波異常が見られたが、血管造影、CMI検査等では異常を認められず、全般的に軽快し、同年二月一一日治癒と認定されたが、なお後遺症(障害等級一二級一二号)に悩まされている。

(6)  また、原告トキ子は右期間中の昭和五〇年一一月一四日渕上整形外科(山口市大内御堀字野尻)を訪れ頭痛、肩痛、目まい、耳鳴りを訴え、「頸椎捻挫」の診断で三日間通院ののち昭和五〇年一一月一七日から昭和五一年一月二九日まで七四日間入院し注射、投薬等の治療を受け、さらに、昭和五〇年五月一〇日以降一灸針療院(小郡町蔵敷)にてはり治療を受けている。

(二)  原告トキ子の損害

<1>  立替治療費 金一五万六、四〇八円

成立に争いのない甲第一八号証、原告トキ子本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる甲第一三ないし第一七号証によれば、原告トキ子は前記渕上整形外科医院における昭和五〇年一一月一四日から昭和五一年一月二九日までの治療費として合計一五万三、九六三円を負担したこと、また昭和五一年七月二九日山口大学医学部附属病院に対し治療費二、四四五円を支払つたことが認められる。

<2>  はり治療費 金九、三〇〇円

成立に争いのない乙第七号証の一ないし一七、原告トキ子本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる甲第一九ないし第二四号証によれば、原告トキ子は渕上医師から療養上はり治療の有効なことをきき、一灸針療院にてはり治療を受けたこと、昭和五〇年五月一〇日から同年七月八日までの治療費合計二万六、五〇〇円はすでに被告において支払ずみであるが、その後の同年七月二八日から八月二七日までの治療費合計九、三〇〇円は原告トキ子において支払つたことが認められる。

<3>  入院中の雑費 金一二万四、〇〇〇円

原告トキ子は前認定のとおり合計二四八日入院したことが認められ、右入院中には一日五〇〇円程度の諸雑費を支出したことが推定されるので、合計一二万四、〇〇〇円を損害と認める。

<4>  診断書等作成料 金一万四、〇〇〇円

成立に争いのない甲第二五ないし第二八号証に原告トキ子本人尋問の結果によれば、同原告は宇部興産(株)中央病院、山口大学医学部附属病院、渕上整形外科医院から診断書等の交付を受け、合計一万四、〇〇〇円を支払つたことが認められる。

<5>  テレビ使用料

成立に争いのない甲第二九号証、原告トキ子本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第三〇、第三一号証によれば、宇部興産(株)中央病院入院中貸テレビを利用し借賃を支払つたことが認められるが、テレビ使用料中本件事故による損害として賠償を求めるべきものは前記入院雑費中に含まれていると解すべきであるので新たな損害とは認められない。

<6>  タクシー代 金一万八七〇円

<7>  交通費 金四、七六〇円

成立に争いのない甲第四八、第四九号証、原告トキ子本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる甲第三二ないし第三九号証によれば、原告ら主張<6><7>のとおり通院のための交通費を支出したことが認められる。

<8>  付添料 金三万円

成立に争いのない乙第一号証、証人三隅弘一の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証、原告トキ子本人尋問の結果によれば、原告トキ子は三隅外科医院に入院中の昭和四九年四月一一日から同月二〇日までの一〇日間付添看護を要する状態にあり、同医院の医師もこれを認め、訴外中島恵美子が一日三、〇〇〇円の約束で一〇日間付添つたことが認められるので、金三万円を損害と認定する。

<9>  医師等への謝礼 金六万八、八〇〇円

原告トキ子本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第四〇、第四一号証にれよば、原告トキ子は世話になつた医師、看護婦、病棟婦に対する謝礼として合計一二万六、六〇〇円の支出をしたことが認められる。しかし、同原告の傷害の部位・程度、入院期間等を考慮すると、山大医学部附属病院及び山口労災病院関係の謝礼(合計五万五二〇〇円)は治療費の一部としての実質はなく本件事故と相当因果関係ある損害とは認められず、また宇部興産中央病院の病棟婦に対する謝礼(二、六〇〇円)は治療との関連性がうすく被告に負担さすべき損害とは認められないので、これらを除いた残額六万八、八〇〇円につき、本件事故と相当因果関係ある損害と認める。

<10>  見舞返し

原告らは、見舞返しとして二回にわたり合計一二万二、七〇〇円を支出したとしてこれを損害として主張するが、かかる快気祝は被害者又はその家族の自発的意思に基づいて任意になされるものであり加害者に賠償させることはできず、損害としては認められない。

<11>  休業損害 金一〇五万二、八〇〇円

まず収入についてみるに、原告トキ子本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第四六号証によれば、原告トキ子(昭和一二年八月三〇日生)は本件事故による負傷までは家庭の主婦として普通の健康体でマルシン小郡店のクリーニング部とカメラ部にパートで週三回位出勤し、昭和四九年三月二〇日以降は同店の薬品部にパートの店員として毎日勤務するようになり将来とも継続して勤務する意思を有していたが、同年四月八日受傷後は同店をやめ何らの労働収入を得ていないことが認められるが、右稼働期間中現実にいくらの収入を得ていたかについては証拠上明らかでないから統計資料によつて収入を認定するほかない。従つて、昭和四九年「賃金センサス」第一巻第一表の女子労働者の年次別全国平均給与額表により特別給与額を除いたきまつて支給する現金給与額七万五、二〇〇円をもつて一か月当りの収益とみるのが相当である。

次に休業期間について検討すると、原告らは昭和四九年四月九日(事故の翌日)から昭和五一年二月一一日(症状固定)までの六七四日(約二二か月)を主張し、原告トキ子本人尋問の結果によれば右期間中就労していないことが認められるが、さきに認定したとおり本件事故当時急停車の衝撃並びに傷害の程度は軽く、他覚的所見は認められず、宇部興産中央病院においては昭和五〇年七月七日に症状固定の診断がなされたこともあり、原告トキ子の症状は心因的要素の強いむちうち症のそれであることを考慮すると、ほぼ入院及び通院実日数期間にあたる一四か月間を本件事故に相当した休業期間と認める。

従つて右期間の休業損害額は金一〇五万二、八〇〇円となる。

(算式)七五二〇〇×一四=一〇五二八〇〇

<12>  逸失利益 金四五万〇、二六一円

原告トキ子は、前記のとおり昭和五一年七月七日治癒と認定されたが、労働能力喪失率表の第一二級第一二号に該当する後遺症に悩まされているので、原告ら主張のとおり以後四年間にわたり一四パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当である。

そこで原告トキ子の逸失利益をホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して求めると金四五万〇二六一円となる。

(算式)七五二〇〇×一二×三・五六四×〇・一四=四五〇、二六一

<13>  慰藉料 金一五〇万円

原告トキ子が本件事故により受けた後遺症を含む傷害の部位・程度、その治療経過及び治療日数は前に認定したとおりであり、同原告は右のような長期の治療と後遺症状により肉体的精神的に多大の苦痛を受けたことが推認されるが、前記割合の同原告の過失その他諸般の事情を斟酌すれば、右苦痛に対する慰藉料は金一五〇万円をもつて相当と認める。

(三)  損害の填補

原告トキ子は自賠責保険金(後遺障害補償金)として金一〇四万円、被告会社よりの弁済金として四八万円を受領したことは当事者間に争いがない。従つて、原告トキ子の前記<1>ないし<13>の合計損害額三四二万一一九九円からこれを控除すると金一九〇万一、一〇〇円(一〇〇円未満切捨)となる。

なお、被告は原告トキ子のために治療費や通院費として合計一一二万一六七一円を支払つたと主張するが、右費用は本訴において請求されていないので、これを控除しない。

また、被告は過大な治療は原告トキ子の事後過失によつて損害が拡大した場合にあたるとして拡大部分につき過失相殺で減額するよう主張するが、本件全証拠によつても同原告に右の過失があつたとまでは認められず、従つて被告の主張は採用できない。

(四)  原告濱村勇の損害 金一万四、三〇〇円

原告トキ子本人尋問の結果によれば、原告勇は妻であるトキ子の宇部興産(株)中央病院、渕上整形外科、山口労災病院の入院時着替や洗濯物などの運搬にあたり、そのための交通関係費として合計一万四三〇九円を費したことが認められるが、夫である原告勇の右限度での支出は夫婦間の協力扶助義務の履行による場合として被告は原告勇に対し金一万四、三〇〇円(一〇〇円未満切捨)の限度で支払義務がある。

五  結論

以上のとおり、被告は、本件事故による損害賠償として、原告トキ子に対し合計金一九〇万一、一〇〇円、原告勇に対し金一万四、三〇〇円及びこれらに対する本訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和五二年五月八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による支払義務があるので、原告らの各請求は右の限度で、これを認容し、その余の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三村健治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例